十分な戦力という言葉の前提を考える

2021/11/23

ベガルタ仙台

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十分な戦力という言葉の前提を考える

2021年11月23日。

手倉森監督の退任とフロントスタッフへの配置転換
原崎ヘッドコーチの暫定監督への配置転換が発表されました。

これらについても書きたいことはありますが、今回は表題の件について。
以下は、佐々木社長のコメントです。


手倉森誠監督には昨年末、チーム、クラブ状況が大変厳しい中、監督に就任いただきました。
震災から10年の節目の年、フロントとして十分な戦力を提供できなかったこともあり、結果が残せなかったことは大変残念に思っています。
今後は、フロントスタッフの一員として、昨年のようなチーム編成の遅れなどの轍(てつ)を踏まないよう、チーム強化そして育成へのサポートを通じ、クラブへ貢献いただくことを期待しています。


人によって敏感になるのは「十分な戦力を提供できなかった」の部分でしょうか。
私は言語学は勉強不足・・・というよりも勉強経験自体ないのですが、人の受け売りで書くなら「日本語は前提を省略ができる」という特徴があるようです。
今回の場合は、「十分な戦力」に前提があるはずで、それについて考えようと思います。

時期の問題

「十分な戦力を提供できなかった」の続きに「昨年のようなチーム編成の遅れ」と書いてあるように"適切な時期に"提供できなかった、という言葉が隠れている可能性を考えます。
客観的にみれば、これは事実です。

キャンプ時期にフォワードをやれる選手がほとんどいないというのは、大きな問題でした。
ゲームモデルを構成する要素の1つには「システムやフォーメーション」が含まれるからです。
フォワードの選手がいないなら、チームがとれる選択肢は、フォワードの枚数を削った「システムやフォーメーション」に狭まってしまいます。

また、練習の強度が下がることも予想されます。
フォワードの選手が怪我をした場合、ありとあらゆる練習に悪影響が及ぶからです。
しかし怪我をしない程度にコントロールすると、フォワードだけではなく、ディフェンスの選手の練習強度も落ちてしまいます。
最終的には枚数は揃えたものの、揃うまではこういった状況だったことも予想されます。

最終的にカルドーゾ選手や富樫選手が加入し、フォワードの枚数は増えました。
しかし時期が遅かったため「十分な戦力を提供できなかった」という言葉を使う可能性はありますが、それは決してフォワードの選手たちの評価を下げる意図の言葉ではありません。

以上から「フロントとして"適切な時期に"十分な戦力を提供できなかった」という前提があったことを予想します。

タイプの問題

例えばマンチェスター・ユナイテッドでは、フォワードの選手に対して"バーティカル(縦)"、"ホリゾンタル(水平)"という分け方をします。
フランス代表のアントニー・マルシャル選手であればバーティカル。
イングランド代表のマーカス・ラッシュフォード選手であればホリゾンタルという分類です。
プレー原則から起用されたポジションによって、それぞれ逆の役割をこなすことは十分に可能でしょうが、分類は選手のフィジカル的な素質やプレーの特徴から決められます。


こういった選手のタイプもゲームモデルを構成する要素の1つです。
監督のプレーイング・アイディアに適したタイプの選手がいない、もしくは揃えられない場合は、プレーイング・アイディアとゲームモデルの乖離が大きくなります。
乖離が大きくなればなるほど、その監督である意味も薄れてしまうのです。

マルシャル選手はいるものの、ホリゾンタルなタイプの選手がいない場合。
「十分な戦力を提供できなかった」という言葉を使う可能性はありますが、それは決してマルシャル選手の評価を下げる意図の言葉ではありません。

以上から「フロントとして十分な"監督が求めるタイプの"戦力を提供できなかった」という前提があったことが予想されます。

クオリティの問題

人数や求めるタイプが揃っていても、クオリティが伴っていなければ意味がありません。
とはいえ、クオリティという言葉自体があやふやで、私はあまり使いたくない言葉です。
例えば仕事で個人目標に「〇〇のクオリティをあげる」と記載したメンバーには「クオリティって一体なんだろう?」と聞き、自分の言葉で説明できるようになるまで1on1を続けています。

サッカーにおいても頻出する「クオリティ」。
サッカーの場合は「何かと比較して優れているか劣っているか」ということだと考えています。

例えばA選手はチームの中では最も足が速いとします。
A選手はチームの中ではクオリティが優れているでしょう。
しかし参加するリーグのマッチアップする相手と比較すると足の速さで劣るとします。
A選手はリーグの中ではクオリティが劣ると言われてしまいます。

参加する大会で相手と比較して、自分たちがどのような立ち位置なのかも、ゲームモデルを構成する要素の1つです。
相手と比較してストロングだと言えるポイントが少なければ少ないほど、監督がとれる選択肢は狭まります。

クオリティの問題は言いたくもなければ、聞きたくもない、耳が痛いフィードバックです。
一般的にこういったフィードバックは1on1で行うものだと私は考えています。
そのため、これまでの佐々木社長の言動や人柄を知ろうと少しでも思い、考えれば、クオリティの線は薄いでしょう。

以上から「フロントとして"相手と比較して"十分な戦力を提供できなかった」という前提も考えられますが、そんなことを大勢が読む場所にわざわざ書く人ではないと考えます。

非同期コミュニケーションは難しい

これまで前提について考えてきました。
どのパターンも私の中ではあり得る話ですし、これ以上、仮説からの長文は避けたかったので記載しませんが「ホームタウンの問題」や「予算の問題」で獲得できなかった選手やスタッフがいたのかもしれません。
そういった事実は、私たちには分かりません。

しかし、こういった仮説よりも大事な前提は「非同期コミュニケーションは難しい」ということです。
リモートワークで働いたことがあるビジネスパーソン、特に組織図上の立場が高ければ高いほど共感いただけると思いますが、チャットツールのテキストは編集だらけになります。

「この書き方は、怒っているように感じてしまうかな?」
「この書き方は、冷たく他人事だと感じてしまうかな?」
「この書き方は、相手は理解できないかな?」
「そもそもこれは、書かない方がいいかな?」

「立場を考えれば、言葉は慎重になるべきだ」という意見は理解できます。
立場がある方は、理解した上で、誰よりも気にしているはずです。
そして分かっていても、言葉による非同期コミュニケーションは難しいのです。

前京都大学総長の山極先生は「文字による対話に人間はまだ慣れていない」と語りました。

私はインターネットどころか、文字による対話に人間はまだ慣れていないと考えています。
文字は書かれた後、「化石」になるからです。
その場に書いた者がいないため、受け取る側によって解釈がガラッと変わります。
その結果、意味が膨らんだり、矮小化されたりして、誤解から諍いが生じます。

最後は受け取る側の技術に依存すると私は考えています。
受け取る側が相手を知ろうとし、信じ、尊重すれば、避けられる問題だからです。

私なりに佐々木社長を知ろうとし、信じ、尊重した結果、悪意は全く感じられませんでした。
現場の選手やスタッフだけの責任にはせず、選手獲得の時期が遅れ、オーダーされていたタイプを揃えられなかったフロントスタッフにも責任があるということを強調したかっただけの言葉だと考えます。

参考文献

  • [「サッカー」とは何か 戦術的ピリオダイゼーションvsバルセロナ構造主義、欧州最先端をリードする二大トレーニング理論, 林舞輝, ソル・メディア, 2020/08/07] 
  • [モダンサッカーの教科書III ポジション進化論, レナート バルディ・片野道郎, ソル・メディア, 2021/01/25] 
  • [愛するということ, エーリッヒ フロム, 紀伊國屋書店, 2020/09/10] 
  • [「ゴリラ学の山際先生に聞く『仲直りする』『苦手な人とのわかり合う』シンプルな方法」,山極壽一,『プレジデント』15号,2021/09/24]

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